〈The Bonin Islanders〉
2007年、私は一枚の家族写真を目にした。 藁葺きの掘立小屋の前に立つ、無骨な顔をした2人の欧米人の男性。その後ろには、日本の着物を着た3人の欧米人の子どもたち。「これは本当に日本なのだろうか?」東京都小笠原諸島・父島に、先住民が暮らしていたことを知り、2008年、私はその子孫に会うため父島へ向かった。
小笠原諸島は、かつて欧米では Bonin Islands と呼ばれていた。1830年、無人島だった父島に、ハワイから欧米人とカナカ人(ハワイ諸島の人々)が入植。1876年に日本領土となり、日本人の入植が始まった。第二次世界大戦では全島民が本土へ強制疎開させられ、戦後は23年間、アメリカ海軍の占領下に置かれ、その間、島に戻ることができたのは欧米系島民のみであった。1968年に日本へ返還される。
島で初めて出会った、欧米系先住民の南スタンリーに撮影をお願いすると、彼はこう言った。 「帰れ。俺たちはアメリカ人でも日本人でもない。小笠原人だ。」 それは、政治に翻弄され続けてきた中で、自分たちのアイデンティティから生まれた言葉だった。その言葉は、強く心に響いた。 私は彼らを「小笠原人」と定義し、撮影を続けた。
撮影を始めてから8年が経った2016年、アメリカ海軍占領時代の出生証明書を見せてもらった。そこには “race : Bonin Islander” と記されていた。南スタンリーが口にした「小笠原人」という言葉が、出生証明書に記された Bonin Islander からきていることに、 そのとき初めて気づいた。それは、彼らが Bonin Islander として生まれ、 Bonin Islander として生きてきたことの証であった。
この作品は、歴史を詳しく説明するためのものではありません。また、何かを強く主張するための写真でもありません。ただ、「なぜこれまでこのことを知らずにいられたのだろう」そんな小さな疑問を、写真を通して共有できたらと思っています。 小笠原を好きになることと、その歴史に少しだけ目を向けてみることは、自然につながっているはずです。この場所で、写真をきっかけに、小笠原との距離を、少しだけ近づけてもらえたら嬉しく思います。




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